2006/07/21

コピーライティングは物語。

昨日ひょっと見たらこんなコピーライティングのサンプルとなりそうなメールをもらいました。

感情のマーケティングやら、売込みには感情をせめろだの、コピーライティングの勘所はいろいろな表現で話されますが、これほど端的なコピーライティングは僕は大好きです。そう、二昔前の星新一のショートショートのセンスなんですねぇ。Larry Dotsonからです。

ついでにこの物語に続いて文末のリンクをクリックすると、メンバーシップサイトへの前振りがあり、さらにそのページのリンクをクリックすると申し込みの画面に行きます。こういう三段論法がただ今おおはやり。

ぜひ最後の売り込みページまで行ってください。別にアフィリエートも何にもやってません。最後の売り込みページの作り方、英語なのでピンとこないかもしれませんが、プレゼンの手順を読み取るだけでも参考になります。

さて、それではお話を転載しておきましょう。おっと、これも英語ですが、まぁ小学生向けの語彙、と長さなのでご心配なく。翻訳しようとしたんですが、テンポがなくなっちゃいますのでそのままお届けします。

Hi,
"Knock knock."
"Who's there?"
"Banana."
"Banana who?"

"Knock knock."
"Who's there?"
"Banana."
"Banana who?"

"Knock knock."
"Who's there?"
"Banana."
"Banana who?"

"Knock knock."
"Who's there?"
"Orange."
"Orange who?"
"Orange you glad I didn't say banana again?"

If all you've ever seen are bananas, bananas, bananas......you're not going to recognize an orange when you see one.But once you take a taste, I'll bet you're going to be mighty glad you made the discovery.Here's a membership site that's different than anything else you've ever seen.

ここはあえて訳してみますか?
「君が見るのがバナナばっかりだったらさぁ、オレンジ見てもオレンジってわかんないじゃん。だけどさ一回オレンジを食べてみりゃ、君もほんとに良いこと分かっちゃったって大喜びだと思うよ。

ところで、これがぼくのつくったメンバーシップサイトで、今まで君が見たものとは大違いなんだけどな。」

http://tinyurl.com/n9mtz

Sincerely,
Larry Dotson

P.S. "Orange" you glad it's not another darn banana? ;-)

2006/07/18

Kenneth MacArthurからの手紙。

やぁ!みんな元気かい?きょうはぼくもようやくミシシッピーから戻れたことを報告しようと思って手紙にした。そう、生きて、しかもありがたいことにバラバラにならずに戻れて本当にほっとしてるところだ。もちろんいくらか眠気が残っているし、10日間PCに一度もふれなかったんで、いささか欲求不満。

7月1日に大人のスポンサーとティーンエージャー88人をバス2台に乗せて、ハリケーンカタリナの犠牲者を助けよう、と出かけたわけ。主宰はぼくが理事を務める教会で、現地の手助けを少しでもしたいと考えて出かけたわけです。現地にはすさまじい破壊の後が依然多数残っていたことを報告しましておきましょう。

このリンクにわれわれが訪問したエリアのハリケーン前と後の写真を載せておいたんで見ていただきたい。http://www.ad-alyzer.com/727/Damage

最初このあたりに到着したときは、「なんだ、それほどのダメージは受けなかったようだ」と思ったけれども、トンでもない間違い。われわれの教会グループのキャンプ地はなんと毎日の仕事の現場から車で1時間も離れたところだった。なぜって、それ以上近いところには適当な候補地が見当たらなかった為なんだ。

そこで、わえわれは海岸の近くへ移動。そうなると本当のインパクトがわれわれに襲い掛かってきた。最終的にわれわれが1車線の砂利道だと思っていたものが、後で分かったんだかハリケーンが来る前は4車線のハイウエイだったそうだ。コレがとにかくはじめてのびっくり。あとに続くびっくりにびっくりしないで欲しい。

われわれが入った地域はどちらかといえば人口もそれほどおおいものではなかったが、週後半に訪れたビロキシィさらにはニューオーリンズにみたハリケーンの痕跡はまさに自然の猛威とはこれほどのものかと、打ちのめされるほどのものであったことをお伝えしておきたい。

われわれがニューオーリンズの中心に近づくに従い、いくつものブロックにわたるビルディングが空っぽで、それは市にとってみればまさに傷口が開きっぱなしの切り傷のように感じられた。まるで原爆が落ちた跡のようにさえ感じられた。

出発前にわれわれ全員が現場の状況をみても興奮したりしないようにと注意を受けてはいたのだが、またこうした援助の必要性にもかかわらずおそらく現場では自分達の作業が目に見えるほどの効果をあげ得ないとさえ言われていたにもかかわらず、とにかく現場の惨状は本当に形容のしようもないものだったということだけをお伝えしておこう。

現地の人たちから繰りかえし聞いたいろいろなヴァージョンはあるのだか、“ひとで”の話をおつたえしておこう。ひとでの話は最初に自然科学者のローレン・イージリーの死の一年後に編集された随筆集に“ほしを投げるひと”として1978年に収録されたそうだ。

細かな違いを別にして、話の核になる部分は次の通りである。
老人が砂浜から何かを拾い上げては海に放り込んでいる。若者がその老人に近づいてみてみると、放り投げているのはひとでだった。「一体全体なにしてるんです。」かれは老人に聞いてみた。

「ひとではなぁ、ぼうや、潮が引いた後も浜に残っていると太陽にさらされて死んでしまうからなぁ」というのが老人の答だったそうだ。「そりゃーばかげてるんじゃないかい、爺さん。だってさ、砂浜は何千キロも続いてるし、ひとでだって1匹や2匹じゃないだろうに。おかしいよ、だってあなたに全部のひとでをたすけられるわけないじゃん。たいした違いはないと思うけど。」

するとその老人は「もう1匹ひとでを拾い上げて、すこし考え込んだようだったが、結局海に向かってなげながら「うん、でもこいつは助かった、そうだろ?」

われわれも1週間われわれと 行き会って人々ほんの数人に少しでも違いをつくろうと努力してきた。
まずチームをいくつかのグループに分割。あるグループは石膏板つくり、あるグループはゴミかたずけと簡単な掃除。読者諸賢ご想像のとおり、数え切れないほどの人たちがあらゆる種類の必要性を感じてはいても、基本的には2つの仕事が一番望まれているように思えた。一つは熟練した石膏板つくり、電気技術者、水道/下水道工事、それに屋根職人。もしあなたがこうした技術をわきまえているなら、今後10年間この地区では仕事に困ることはなかろう。

もう一つはゴミ掃除だ。山ほどのゴミ、お役所が決して明日かたずけることのないゴミの山を想像できるだろうか。もう11ヶ月間もほうりっ放しになっているゴミの山を想像できるか?

とにかく、やれることをやりました。現地の人々は本当にしつこいぐらいわれわれに感謝してくれた。彼らを一目見れば本当に芯までつかれきっているのがわかる。でも生き残っていること自体に彼らが感謝していることもよくわかる。自分達よりもさらにひどい目に会った連中がいることがわかっている。自分がこの程度で済んだことに感謝している。

自宅に戻り、自分のエアコンの効いた部屋で、自宅にはプールもあり通勤はほんの2分、こう言った状況にいささかの引っかかりは覚えるものの、やるべきことはまだまだ山ほどある。私にも私をあてにしている人たちがいるし、約束したこともある。もちろん私が成し遂げたいことも、やまほどある。

われわれはいずれ死ぬのだし、自分の命のあるうちに、自分にできるうちに、成し遂げたいことがたくさん・・・・ ある。

All the best,

Kenneth A. McArthur
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